とっておきのワンシーン
作品紹介

─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───

思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。

これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。

─ 第59回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───


エレベーターの中の悟り

「エレベーターの中の悟り」

新潟県 A・N(学生 10代)

 高校を卒業する少し前に、曾祖父が入院しました。頭のほうははっきりしていましたが、九十を超える身体は限界で、延命措置はせずにいようと、家族が話しているのを私は聞きました。いつ病院から、その電話がくるだろうと思いながら過ごしていたふた月ほど、危篤の連絡があり、母と祖母と共に病院へ向かいました。コロナ禍が収束しつつありましたが、病院では未だに面会に制限があり、私は母と祖母が病室から戻ってくるのを、廊下で待っていました。その間、「本当に死んでしまうんだろうか」「ひょっこり帰ってくるんじゃないだろうか」と考えていました。それほどに、実感というものが湧きませんでした。
 母と祖母が戻ってきて、曾祖父の容態を聞きながら、エレベーターに乗りこみました。下へ降りる途中の階でエレベーターが止まった時、親子らしき二人の女性が乗ってきました。若い女性は大きな籠を持っていて、何だろうと思って見てみると、中に生後一ヵ月ほどの赤ちゃんが寝そべっていました。狭いエレベーターの中で、私がその赤ちゃんと目が合うと、その子は柔らかく笑ったのです。私はその子の笑顔を見ながら、元気だった頃の曾祖父を思い出しました。その笑顔を頭に焼き付けたまま、私は病院を出ました。ほどなくして曾祖父は亡くなりました。納棺前に曾祖父の、私が知るよりずっと痩せた顔を見て、悲しくなると同時に、不思議な気持ちになりました。人は老いれば死んでしまうと、ごく当たり前のことが、私の心に深く沁みていったのを感じました。名前も知らない赤ちゃんでしたが、私はその子に深く感謝しました。葬儀の後でも、私はまだその子の笑顔を思い出していました。
 短い間に、私は人生の生と死の二つを見て、人の命の尊さ、人生の長さというものが、少し分かったような気がしました。あの狭いエレベーターの中で見た温かい笑顔と、そこで得た小さな悟りを、私はまだ忘れられないでいます。