とっておきのワンシーン
作品紹介

─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───

思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。

これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。

─ 第63回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───


娘が髪を切った理由

「娘が髪を切った理由」

埼玉県 H・K(無職 60代)

 長女が小学生の頃、元々人との関りが苦手だったこともあり、次第に学校へ通えなくなり、所謂不登校児童となってしまったことがありました。
自分の殻に閉じこもったままの娘を見ることは辛く悲しいものでしたが、本人も何とかしなければと思っていたのでしょう。中学を卒業し高校へ進学した娘は毎日休むことなく、雨の日も風の日も自転車で片道一時間の道のりを通い続けてくれました。やがて、社会人となった娘は、相変わらず人との関りは苦手なものの、毎日きちんと真面目に働くことができるようになりました。
 その娘が今年、二十代最後の年に、背中まで届くまでに伸びた髪をバッサリと切る決断しました。それまで自分の髪に強いこだわりがあった娘の決断は意外でしたが、五十センチメートル程の髪を切って帰ってきた娘は実に晴れやかで幸せそうでした。何でも、小児がんで髪の毛を失った子供に、医療用ウィッグを作るために寄付をしたかったから。という事でした。
 医療用ウィッグ、私には以前小学校の教員をしていた頃の忘れられない思い出があります。それは四十年程前、ヒマワリ咲く季節、明るく元気な、そんなヒマワリのような教え子の少女が突然当時不治の病と呼ばれた難病により入院生活を送ることとなったのでした。お見舞いに行くと、その子の艶やかな髪は既にありませんでした。そしてその二年後、結局治療の甲斐なく教え子は旅立ってしまったのでした。
 私の娘には一言も語ることのなかった遠い昔の悲しい思い出、しかし何かで医療用ウィッグのことを知ったのでしょう、人との関りが苦手な娘が、いつの頃からか困っている人のために何かしてあげたいと考え実行できる優しい女性に成長してくれていたのでした。
教え子のために何もしてあげられなかった私でしたが、自分の自慢の髪を切った私の娘の行為、きっと可愛かった教え子も天国から喜んでくれたことと思います。