とっておきのワンシーン
作品紹介

─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───

思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。

これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。

─ 第62回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───


美しかった『ありがとう』

「美しかった『ありがとう』」

兵庫県 Y・K(自営業 50代)

 私は、某運送会社で三十年間宅配業務を生業に生きてきました。
この話は、まだ入社したての新人ドライバーだった頃の話です。
 ある日、いつものようにエリア毎に仕分けられた荷物を宅配車両に積み込み、決められた順序で配達作業を行なっていました。
すると、初めて伺う家の玄関の横に張り紙がしてあり「すぐには出られません」と書かれてありましたので、私は荷物を抱えてインターホンを押した後、しばらく待っていました。
すると、しばらく経って十代半ばくらいの若い女性が、恐る恐るドアを開けながら無言で荷物を受け取ってくれました。
しかし、繁忙期で急いでいたのにも関わらず、長らく待たされた上での無愛想な態度に、私は少し立腹して帰社後に先輩にその事を愚痴りました。
すると、先輩は「その子は耳が聞こえない子だから、呼び鈴が聞こえ難いから仕方ないよ」と教えてくれました。
私は、知らなかったとはいえ、あんなに若い子が音の無い世界で不自由に暮らしているのに、些細な事に苛立った自分が恥ずかしく思えてなりませんでした。
そして、恐る恐る荷物を受け取ったのは、私の偏見の気持ちが表に現れていたのだと感じました。
 私は配達員として不適切な行為だったと深く反省し、次に配達に伺う迄に(ありがとう)の手話を覚えて、少しでも私の威圧感が薄まればと準備しました。
しばらくすると、同じ家に配達するチャンスが訪れました。私は荷物を受け取りに出て来たその子に対して、勝った力士が手刀を切る仕草から生まれたとされる(ありがとう)の手話を笑顔で行いました。
すると別れ際に、今度はその子が笑顔と共に(ありがとう)と手話を返してくれました。
私は、乗り込んだ車の窓から見えたその景色を、今でも鮮明に覚えています。