とっておきのワンシーン
作品紹介

─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───

思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。

これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。

─ 第62回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───


南無阿弥陀仏

「南無阿弥陀仏」

千葉県 K・W(無職 70代)

 「蟻でもヒトと同じ生き物だでノン」と子供の頃に『念仏婆さん』があだ名の祖母から殺生を厳しく戒められたせいではなかろうが、私は猫でも犬でも死骸を見ると血の気が引く。
 ある春の昼下がり。
 突然急ハンドルを切って疾走して行く前の車……そのまま直進した私の車は蛇を踏み潰していた。神社の森から這い出て来たヤツだったし、 蛇を斬り殺したことから崇りが始まる東海道四谷怪談を思い出した私は、車を神社の駐車場に停めて現場に戻った。
 頭がクシャクシャに潰れ、生臭い臭いを留めている死骸に私はどうしても片づける気になれない。思案している私と死骸を避けて車が一台、二台と通り過ぎて行く。
途方に暮れていると、大型バイクが蛇の前ですっと停まり、乗っていた男はヘルメットをハンドルに引っ掛けると、枯れ枝を拾い、あっさりと死骸を森に返した。
「ありがとうございます。その蛇、僕が踏み潰したんです」と頭を下げる私に「あー、そうですか」と男はあっさりと応えバイクに跨りさっさと去っていった。

 それから何日かして、その男に今度は電車の中で出会った。老婆が自分の前に来たとき、男はさりげなく立って席を譲った。
惚れ惚れしながら見上げる男の咽喉ぼとけが私には実にダンディーに見え、私は祖母のもうひとつの言葉を思い出した。
「老若男女、人の咽喉には仏様が座っていらっしゃるダガン」
 ――それゆえ、娑婆も捨てたものではないと!