とっておきのワンシーン
作品紹介

─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───

思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。

これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。

─ 第58回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───


泣いてくれるかな

「泣いてくれるかな」

埼玉県 Y・K(主婦 30代)

 電車、バス、病院の待合室。幼い息子が愚図るたび、私は周囲を警戒してしまう。冷たい視線を感じることもあれば「あんた、親なんだから黙らせろ」と言われたことだって。
 その日は保育園から呼び出しを受け、息子を病院に連れて行った。そうは言ってもコロナ禍だ。案の定、待合室は診察を待つ患者さんでごった返し、座る場所もないほど。
「ただいま約九十分待ちです」
 看護師の言葉に青ざめた。それでも帰るわけにいかず待合室の隅っこで順番を待った。しかし五分もしないうちに息子が愚図り始め、たちまち待合室が騒がしくなった。
「うるさいな・・・」
 椅子にもたれかかった男性がぼそっと呟く。そのうしろではガウンを着た女性が耳をふさぐ。皆、皆、苦しかった。
「お願いだから泣かないで」
 私は必死に背中をさすった。それでも激しくなる号泣。もう限界だった。
すると白杖のお年寄りが「実を言うと今日はおじさんも泣きたかったんだよ」と言いながら「目が見えないせいで水たまりがわからなくてね。ご覧の通りズボンはびしょ濡れでさ。だから坊ちゃん。おじさんの分まで泣いてくれるかな」と笑った。泣きたいくらい辛い時に泣きたいくらい嬉しい言葉。途端に心のモヤが晴れた。
 確かに子育ては一筋縄ではいかない。子どもが愚図るたび、実は親も泣いていたりする。だけど誰かに泣いてもいいと言ってもらえたら。それを支えてもらえたら。子育てはほろ苦くも、感慨深いものかもしれない。
「すみません。ありがとうございます」
 私が頭を下げるとお年寄りは「いいよ」と言わんばかりに白杖越しに親指を立てた。
 帰り道、外は雨が上がっていた。それでも駐車場にできた大きな水たまりを見て、無性に胸が熱くなった。